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茶生産復活目指す 京都・北区中川地区

茶生産復活目指す 京都・北区中川地区、古老に聞き取りや木探し(京都新聞)

北山杉の産地、京都市北区中川でかつてほそぼそと生産していた茶の復活を地元住民らが目指している。同地域は、国内で初めて茶を栽培したと伝わる高山寺(右京区)ゆかりの地でもあり、茶の由来についても調べる。

 中川に住む会社経営水田隆一さん(60)が住民と昔話をした際、幼少期に親戚が総出で茶摘みをした体験を話すと、「うちには今も茶の木がある」「高校入学まで飲んでいた」などと話が転がった。当時は主に番茶として自家消費されていた。

 地域おこしに生かそうと昨秋、住民4人で「中川お茶復活プロジェクト」を立ち上げた。これまで古老の話を聞いたり、残っている茶の木を探し出したりしてきた。山の傾斜地や生け垣など少なくとも3カ所に茶の木がまとまってあり、茶を栽培していた「茶園」という通称の地名も残ることが分かった。

 5月末に手始めに、仲間内で茶摘み体験を行う。木の手入れをして、来夏には広く市民が参加できる茶摘みや試飲の体験会を開く。その一方、苗木を遊休地に植え、将来は「北山茶」として売り出す構想も思い描く。

 また、中川はかつて神護寺(右京区)の寺領だった。高山寺は同寺の別院で、鎌倉前期に高山寺を再興した明恵が茶の種子を植えて栽培したと伝わる。このことから、中川の茶のルーツを調査する活動も開始した。
(記事引用:京都新聞)

世界遺産高山寺・神護寺・西明寺よりもまだ奥の北山杉の里

元々は『水田さんの住んでらっしゃる地域で『栂尾の本茶』を作っていたんですから、山に自生しているんじゃないですか?』→『昔あったって聞いたわ。戦後に引っこ抜いて杉にしてしまったけど、未だあると思う』という会話をしていた記憶があります。
プロジェクトリーダーの水田さんは、京都市内でデザイン事務所を経営される社長さんで、京都市といえど周辺の山間地区のため過疎化が激しく地域復興の模索をしていた所、南山城紅茶でお馴染みの南山城役場の森本さんのご紹介で知り合いました。
しゃべりだすと軽快で、実に楽しい方です。

昨年の秋ごろ、山間にどのように茶の木が自生しているか調べるために、水田さんはじめ数人と北山杉の杉林に入りみてきました。
木としては随分長く放置されていて、背丈が2m近くまで伸びており、そのまま茶として摘み取り生産が難しい状態でありました。
今年茶摘みをされたのは、民家で生け垣として植えられていた手入れの比較的入っている茶の木ではないかと思います。

今後の目標としては、用地の確保と山間にある茶樹の改植、そして永続的な栽培が必要となるともいます。
ただ、生産量を増やすのか、そのための管理をどうするかなど、お茶の生産を諦めて北山杉に絞って生活してこられた方々の中での課題となると思います。

紅茶での復活茶園はプロジェクトは聞きますが、このような歴史に紐付けられたお茶の復活は、新たな活性化の一つとして注目されてほしいと思います。

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